樽々男の日常

一般男性の日記。毎日投稿を目指す!!

ハーモニーを奏でる日は来るのか

どうも、タルタルです。

 

本日は最近読み直した「harmony/」(著:伊藤計劃)の感想を書いていきたいと思います。

 

だいたいのあらすじをタルタル流に解説すると、

核によって人類がとてつもなく大きな被害を受けたその後の世界を描いた作品。それにより、人々は人類の生命を最優先とする「生命主義」の社会に突入します。あらゆる行動は機械的に管理され、人々は周りの人を最大限思いやる心を持つ優しい世界がそこには生まれます。誰も苦しまないし、誰も傷つけないそんな理想郷。そんな理想郷の臨界点は果たしてどんな世界なのか。

みたいな話です(かなりの主観的意見です)。

 

なんか僕の言葉にすると、陳腐になってしまうのですが、実際の小説はニヒルな会話や幻想的な雰囲気があります。なにより読みやすい。そして、エピローグで壮大な種明かしもあって、カタルシスも味わえる素晴らしい作品になっていると思います。

人間の善悪や意思といった哲学的な要素にも踏み込んでいて、本当に面白い。

 

一冊だけオススメの本を選ぶとしたら、僕はこの本を選ぶと思います。

 

それで僕はこの本を読んでいるときに、なんというか今の世情がパッと頭の中に浮かんできました。

 

コロナウイルスを原因とする、衆人環視による感染防止の強制。

過度な差別発言への異常なヘイト。

多くのSNSによって減少していく個人。

 

そんな真綿で首を絞めつけるような様々な優しさで溢れる世界は、小説の中の理想郷に近い気がした。

 

「harmony/」では、そんな世界から逃れる術の一つとしてミァハが自死を選択する。「わたし」を社会に殺されないように生き抜くために自ら死を選ばざるを得なかった。

昔この小説を読んだときは何でそこまで思ったのだろうかという感想を抱いたけれど、今はなんとなくわかる気がする。きっと「わたし」が緩やかに周りと同化して消えてしまうのが何よりも耐えられなかったのだと思う。

 

僕はそこまでの気概はないし、必要とあらば順応していくと思う。これからも多くの「正しさ」で「わたし」は刺され続ける。もしかしたら、僕の中の「わたし」はとうの昔に周りに殺されてしまったのかもしれない。

 

そんなことをこの小説を読んで思いました。

こんな風に思うことを、僕自身、僕は終わってると思うし、それと同じくらい世界は終わってると思う。

 

でも、こんな風にグチャグチャになれるときだけ、僕は「わたし」を実感することができるし、この気持ちが生まれることで安心感に似た何かを感じる。まだ「わたし」が生きていると感じることができる。

 

これを「はじめまして」の記事の後に書くのは、頭がおかしいとしか思われないかもしれませんが、これは僕なりの自己紹介です。

 

「harmony/」、是非読んでみてください。